変わるもの、変わらないもの

夕方ぱらぱらと雨が降っていたが、それでも久しぶりに青空を見たような気がする。
青空を見ると、心の中も晴れるようで気持ちがいい。

昨日、Webクリエータ能力認定試験という試験を受けに、一年ぶりぐらいに秋葉原に行ってきた。
秋葉原はここはどこだろうというほど、がらりと変わっていた。
電車を降りると広々と整備された通路、改札。
改札を出ると巨大な高層ビル群。
昔のあの雑多な感じなど微塵も感じさせない。
街というものはこんなに短期間で変貌するのかとしばらくその場に立ち尽くしてしまった。

秋葉原。 今からちょうど10年ぐらい前、まだ17歳の頃、毎日この街で働いていた。
昼間はパソコンショップ、夜は銀座でお花屋さんを開いたりと、毎日がとても忙しく、そして楽しかった。
あの頃はお店にならぶもの全てが魔法の道具に思えて、常に驚きと感動の連続だった。
ありとあらゆることが知りたくて、知りたくて、よく移動時間も惜しくて、歩きながら本を読んでいた。
そして、10年前の今も、将来は教育用のソフトウェア会社を作りたいと思っていた。

日本を変えたい。 日本の教育を変えたい。
この思いはいまも変わっていない。
人というものは表面的なものを変わっても、根本的な部分は何年経っても変わらないのだと思わされる。

試験の帰り、駅前で歌っている人がいた。
ほんの少し聞いただけですぐ、わかった、とてもいい歌を歌う人だと。
本当にいい歌というのは、ほんの一瞬で強烈に伝わってくる。
鳥肌が立ち、心が吸い込まれ、そして涙が溢れる、久しぶりに感じた気がする。
幾千の言葉も、知識も、経験も、この歌の前にはかき消されてしまうのかもしれない。

「一杯の茶のためには、世界など滅んでもいい」という、ドストエフスキーの言葉。
人が生きるのは、これぐらい単純でいい。

2006/07/11

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